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2007年10月18日

Any コンファレンス

幾つもの交通手段を必要とする移動を余儀なくされたおかげで
今日ようやく、この本を読み終えることが出来た

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10年間に及ぶ、“Anyコンファレンス”の集大成
建築家と思想家による激動の時代に〈ことば〉を求めて始まり
〈ことば〉を無くして終えた、今世紀中には
二度とあることが無いであろう
第一線の世界的建築家による
10年間の貴重なコンファレンスの記録である


人間は二足歩行を始めた時から
身を守る為に〈ことば〉を武器とした歴史がある

その〈ことば〉に変わって〈コンピューター〉を武器にした
21世紀?の建築家=レム・コールハウスのあり様と
〈ことば〉を使っての新しい建築家の姿を追う
20世紀の建築家=ピーター・アイゼンマンとのやりとりが面白い


〈ことば〉が凶器になる“現在”を思考する我々にとって
かなり、興味深い“Any thing”であることは間違いない


それらの時代を繋ぐ、磯崎新氏の柔軟性に脱帽する一冊

この崇高なコンファレンスは2000年に終了したという
ジャック・デリダが亡くなる4年前の記録でもある


追記:同世代を生きる友人へ

この一冊の本の末筆の〈Anything〉への手紙-の中で
イグナシ・デ・ソラ=モラレスが記している
実際のプロジェクトのディスクール・・・
「わかってはいないが、行っている」 ディスクールに・・・
どっぷり、属す若過ぎる建築家としては

神話を〈ことば〉で残す時代が過ぎ去り
神話として残す建築への姿勢を問われる中で
〈ことば〉に変わる“有機的”な手段を探し続けているのです


決して、〈ことば〉などには満足せず、
浅田彰氏の言う、「都市の隙間の残余な部分に満足している」
満足?しているわけでは無い・・・
と、私は考えるのです

そもそも、建築家とは“満足”という〈ことば〉とは無縁な人種が名乗る職業である
と、改めて私は思うのです

投稿者 mochizuki : 2007年10月18日 20:38