« 2007年08月 | TOP | 2007年10月 »
ーエピローグー
「コーヒーここに、置いて良いですか?・・・」
アルバイトの大学生の声で、ふっと我に返った。
「あ、ありがとう・・・」
昼過ぎといっても、もう2時をまわっている。
昼食後、うたた寝をしていた自分に気づき、思わず姿勢を正した。
最近、もう3ヶ月前ぐらいから
夜の寝付きが悪く、睡眠が浅い。
3〜4時間も寝ていないのでは、無いだろうか?
最悪なことに、昨日は殆ど眠ることが出来なかった。
別に、体が悪いわけではない。
先日も同級の友人から、
「65歳も超えると、ぐっすり寝て目覚めるということがなくなったな〜」
という、嘆きにも似た電話に頷き、私はこう返した。
「眠ることはともかく、夢を見なくなったよ。
夢で目覚めるということが、めっきり無くなった気がする・・・」
オフィスを見渡すと、2人のアルバイトの学生と、
1人の専属スタッフ、もう2名のスタッフは現場監理に出ている。
小さいながらも、何とかここまでやってきた、
という実感が、最近になってやっとある。
そう、ここまで来るのに20数年費やした。
というべきか、まだ20数年しか経っていないと、言うべきか。
建築家という仕事に定年は無い。
65歳にして、まだ若造扱いされることもある。
私の場合は、50歳を過ぎたあたりから、何とか仕事も安定し、
幾つかの作品も残してきた。
これからだ、という今になって、
これからの仕事の方向性や、自分の歩んで行こうとする道に
実は、少し戸惑いを感じていた。
正確に言えば、そのようなことは、20数年ずーっと悩んできたことだ。
だが、こんなに長く眠れない事は昔は無かったはずだ。
若い頃、仕事の依頼が来る夢を良く見た。
そんな幾つかの夢の中で、
夢か現実か、未だによく解らない“夢”がたったひとつある。
机の奥に、ひっそりとしまってある一枚の集合住居のスケッチ
一生懸命、描いた筆跡は、今でもその感覚を思い起こさせる。
このA4の紙を送信してから
今日で20年の時間が流れていた。
「ちょっと出掛けます。」
頭をスックリさせる為に、椅子から立ち上がり
スタッフに声を掛ける。
「あっ、先程こんなものが送られてきたのですが・・・
2007年度の古い法令集で、表紙も無く破れていて・・・
送り主も解らないので、捨てて良いですよね?
メモのようなものが、挟んであるのですが・・・」
「ち、ちょっと見せて下さい!」
ー完ー
投稿者 mochizuki : 20:40

・・・消えてゆくものがあるからこそ、残るものの価値があるのだと思いますが・・・
・・・制度として一般住宅の寿命の枠組みを決めるのって、どうなんでしょうか・・・
投稿者 mochizuki : 20:49
ー第七話ー
それから、
“FAXを送信した日”から・・・
正確に言えば、
“FAXが送信されたと思われる日”から、
数日が過ぎ、数ヶ月が経ったように思われる
特に何も起こらなかったし
“変わった”ことはそれ以上に、何も起こらなかった
変わり無い毎日の出来事のひとつ
宅急便を届けるインターホンの音
いつもの、日に焼けた制服姿の青年が
少々困った顔をしながら、玄関ドアを開けた
「ひとつ、出荷元がわからない荷物があって・・・
品物欄に“法令集半分”って書いてありますね〜」
「あっ、それ私宛ですから、えっと、送り人わかります、私、、、」
「そうっすか〜じゃハンコ下さい、、、、、まいど〜」
心臓がバクバクしている
いつもは、宅急便の担当の青年と
ひとつ、ふたつ挨拶まがいの会話をするのだけれど
荷物を受け取ったと同時に、こちらからドアを引いた

いくつかの荷物に混ざって送られた‘その荷物’の
送り主は、間違いなく“八十八川”の例の“代表者”だ
他の荷物はさて置き、早速その品物
“法令集半分”を
開けてみる
す、すごい・・・
全部、ひらがな打ってる、、、
漢字、苦手だしな〜

それにボロボロ・・・
どんだけ、読み返したんだろう、、、
後半が千切れちゃってるよ
“半分”しか送られてきてない
私は何度も何度も、彼らが読んだと思われる
‘半分’の法令集に4度、目を通した
そして、4度目の250ページあたりで、ふと思った
彼らがとくに書き込みが多く、読み込んだ形跡をたどれば・・・
そうか、解った!!!
彼らの欲しかった“しせつ”が!!!
それに関する項目は
特に、何度も確認した形跡がある・・・
[共同住宅]だったんだ・・・
ビックリして本を落としかけた
その時、
どこに挟んであったのだろう?
カサッと四つ折りのA4の紙が落ちた

「しせつの形をこの紙に書いてFAXして下さい。なお、15時までに。」
あと、2時間しかないやん!
ー次回につづくー
(もうすぐ、結末)
投稿者 mochizuki : 18:40
ー第六話ー
「今、何時だろう・・・」
ブラインド越しに光が差し込む
と、いうことは7時くらいなのだろうか
幾分、涼しくなったかと言えば、嘘になる
今年の京都の暑さは朝から“タダモノ”では無い
胸のあたりの、むさ苦しさを覚えて目を覚ます
と、スーツのままで眠ってしまった自分に気が付いた
「八十八川から帰って、それから・・・」
目を擦る
「わっ、コンタクト付けたままや!」
慌てて、洗面所に向かい、顔を洗う
昨日、“八十八川”から、どうやって帰ってきたんだろう・・・
低血圧丸出しの思考能力のまま、
TVのリモコンの電源スイッチを押す
「まさか!・・・」
TVには世界陸上男子リレーの映像と、見慣れたキャスターが映し出された
‘昨日と同じ?’
ソファから飛び起き、スリーブになっているコンピューターのカーソルを慌てて押す・・・
モニターに浮かび上がる日付を見る
そう、何度も見てから
FAX機に目をやる
そして、その横に置いてあるガラステーブルも・・・
確かにある・・・昨日?八十八川に行く前の朝見た、FAXの紙が・・・

「間違いない、間違いない!」
心の中で何度か叫びながら、無意識に本棚に向かう・・・
「ない、ない!!!」
無造作に置かれたカバンの幾つかを弄る
「やっぱり無い・・・今年の法令集が・・・」
昨年度の法令集の横に、今年のあるはずの“それ”は、何度見ても見当たらない

日付は8月30日、時間は7時43分
そして曜日は金曜日
テレビ、ラジオ、デジタル時計、パソコン、新聞・・・
確認できるものの、全てを“起きたままの姿”で確認した
何年ぶりであろう、NTTの“119”にもプッシュしてみた・・・
新聞をポストに慌てて取りに行く途中、
定刻に幼稚園に子供を送り出す、隣の奥さんに軽く会釈をした後、
「今日、何日ですか?」と無意識に聞く
「・・今日は30日ですけど・・・」怪訝そうな顔で彼女は答えた・・・
ー時間が動いてない!ー
玄関の扉を閉めた後、
とりあえず、湯を沸かしコーヒーを入れた
「夢か・・・」
でも、このFAXは・・・
ひとくちコーヒーを口にした後、
思いついたように
パソコンのネット履歴の記録を見てみる・・・
【8月30日-Yahoo検索-京都〜八十八川/07:59】
今の時刻は、7時59分・・・今朝はYahooは開いていない!
夢では無い・・・絶対・・・に!
毎朝、部屋の照明を付けるのと同時に暴れ出す、
エサを欲しがる水槽の魚には目もくれずに

ガラステーブルの上に置かれた一枚のFAX紙に
ペンで無造作に字を書き加えた後、
無理は承知で、送信ボタンを押してみた・・・
送信番号を押さずに、FAXを送った試しなど
あろう筈も無い
聞き慣れた送信中のデジタル音
【八十八川】というデジタル表示が緑に光ったかと思うと
その後その表示は、まさか!
【受信中】という文字に変わった
HP社製のオンボロFAX機は、いつものように大げさな音を立てて
排出プレートに紙を送り出した
その一連の動きに目を凝らしていた私を無視するかのように
FAX機からは、聞き慣れた無機質な女性の声が流れた
「FAXを送信しました・・・」
ー次回につづくー
投稿者 mochizuki : 22:02

現在京都で開催中のフィラデルフィアとピカソ展
フィラデルフィアは印象派を広く小数展示
ピカソ展はエッチング+リトグラフと陶器などの多数展示
追記:
ピカソ展のほうが、ゆっくり多くを見ることが出来ました
(画像はピカソ展カタログより)
投稿者 mochizuki : 13:03
ー第五話ー
「こ、こ、こんにちわ・・・」
その部屋の扉をあけた瞬間
大きな歓声とどよめきにおそわれた
と、
ほぼ同時に、「皆さん、拍手を!」

壇上に立つ男性の合図で
おおよそ、100名程度であろうか
その場に居た人々から一斉に拍手を受けた
「よかった、よかった・・・」
人々は共に手を取り合い、微笑み合い
抱き合い、すすり泣く声
壇上の男性は、満面の笑顔と丁寧な口調で
「あなたに、“しせつ”を計画して頂きます。」と言い
軽く頭を下げた
この時初めて、私がここに招かれたことを悟った
とはいえ、何の概要も知らされずに
「“しせつ”を計画して欲しい」
と言われても、どう答えていいのやら・・・
それ以前に、私がどういう仕事の仕方をし
どういう建築を作る建築家なのか、この人達はわかっているのであろうか?
「あ、あのですね、、、」
「はい、全てわかっております。」
代表者と思える壇上の男性が、
私の言葉を遮るかのように、きっぱりと言葉にした
「ここに、来てくれたのはあなた‘だけ’です。それも、ちゃんと建築法令集を持ってきてくれましたし・・・」
「今、集まっている人々が“しせつ”の工事をします。
そして、私が図面を書きますので、ご心配なく。」
静かになった多くの人達に、再び目を遣る

どう見ても、建設業という“いでたち”には見えない
そして、代表の男性が図面を描くと言っていたが、、、
「大丈夫です。私達は“漢字”以外は問題ありませんから!」
その口調は穏やではあるが、自信と確信に満ちていた。
そして、やや心配そうに
「建築基準法の法令集を置いていって下さい。」と加えた
「さぁ、もう電車に乗らないと帰れなくなりますよ!」
扉の奥から、アナウンスが聞こえた
「本日の最終列車が出発します!お乗りのお客様はお急ぎ下さい!」
促されるように、私は扉を開け
今度は何も書かれていない、【あまり気にしなくていいです廊下】に出た
“建築基準法法令集”を彼に渡して・・・
ー次回につづくー
投稿者 mochizuki : 03:12
ー第四話ー
自動改札機を出て、そこから直接繋がる廊下の前に立った
その廊下は長いようで短いようで
まったく距離が掴めない
一歩踏み出す
ところで、今何時なのだろう?
時計も携帯電話も忘れてきた
改札にも廊下にも時計らしきものは無く、急に不安になってきた
「今、何時なんだろう?2時までに来るようにFAXには書いてあったけど・・・」
そう考えたと同時に
廊下の両壁に
「あまり気にしなくていいです」という文字が浮かび上がった

「ここに来れば良かったのか?」
「八十八川って“はちじゅうはちかわ”って読むんだろうか?」
「ここは一体どこなのだろう?」
「“しせつ”って何の“しせつ”なんだろう?」
「私は何をするのだろう?」
「誰かこの奥にいるのかな?」
ひとつひとつ
私の頭の中で、わからない事を考える度に
白い廊下の壁に
「あまり気にしなくていいです」
という文字が浮かび、ゆらゆら揺れる
そして、ひとつ疑問を心の中で叫ぶ度に
廊下が長くなって行く・・・
そのうちに、何だか面白おかしくなってきた
「あまり気にしなくていいです」って言われても・・・
それと、この廊下が楽しくなってきた
私は即座に、この廊下を
【あまり気にしなくていいです廊下】と名付けた
“そうだ、私は少しいろいろな事を気にしすぎるのかもしれない”
最近特に疑心暗鬼になり過ぎているのかも・・・
独立して設計事務所を開設してから
以前のように、相談するボスも居なく
様々なことがある度に
なるべく、一人で解決するように心がけてきた
その結果ついつい、あらゆる事を深読みし過ぎる傾向にあるのは確かだ
【あまり気にしなくていいです廊下】を200メートルぐらい行くうちに
本当に「あまり気にしなく」なってきた
あの廊下の奥の扉が閉まっていれば、そのまま帰ればいいだけのことだ
そう思った途端に
廊下の距離は一気に縮まり
その一瞬を待っていたかのように
扉が開いた

「こんにちわ!」扉の奥から声が響いた
ー次回につづくー
投稿者 mochizuki : 20:06
ー第三話ー
京都駅に着いて、携帯電話もipodも忘れた事に気が付く

一応は京都駅まで来たものの、
一体“八十八川”に行くには何番線に乗ったら良いのだろう?
そもそも“八十八川”に行ってどうなるのだろう?
で、“八十八川”ってどこ?
それに、慌てて出てきた為
財布に幾ら現金が入っているのかも解らない
京都駅は相変わらず、観光客や通勤客でゴタゴタしていた
JRの改札前で、自分のあまりにも楽観的な行動に躊躇していると、
大音量でアナウンスが流れた
「本日のJR線に御乗車の方、お急ぎ下さい!」
突然、改札前にいた全ての人々が、雪崩のように改札に入り始めた
「えぇ〜?」
改札口から電光掲示板に目をやる

0番線から10番線まで全て同じ表示の文字が映し出され
それが、凄いスピードで点滅を始めた
「ちょっと、・・・すみま・・・・せん!」
後ろからの人の流れに体を押され、考える間もなく
ICOKAで自動改札を抜け
ホームにあらかじめ到着している電車に乗り込むことに・・・
なんだか、花火大会が終了した後の、電車のホームを思い出す
もしくは、阪神VS巨人戦の試合が終わった後の、阪神電車
自分の意志で見動きが取れない
凄い汗・・・とても蒸し暑い・・・
いったいこの電車は特急なのか快速なのか・・・
「全て八十八川行きって?どういうこと?」
私が乗車したと同時にドアが締まり
電車は出発した
方角から言えば、米原方面か?
空いていた補助椅子を下ろして、とりあえず腰を掛けた
「快速電車かな?」
「まぁ、もう乗っちゃったし・・・な〜」
それにしてもめちゃめちゃ暑い
ホームの人ごみからは予想に反して
車内はそれほど混んではいない
そのわりには、全くと行っていい程
冷房が効いていない
「お腹すいた・・・」
そういえば、昨日から何も食べていない・・・
車窓からの風景は、見た事があるような無いような景色である
電車に間に合った?安堵感のあとに
「のんびり、家で洗濯でもしとけば良かった・・・」
「次で下りよう・・・何だかとても疲れちゃった・・・」
私はどうしようもない後悔の念におそわれた
そしてそれほど、歩いたわけでも無いのにグッタリと疲れた・・・
そのまま、ウトウトしたようなしないような、
社内アナウンスにビックリして、われに返った
「終点です!終点です!急いで下りて下さい!」
あぁ、下りなきゃ!
アナウンスに促され、電車から慌てて下りた目の前に
どこの駅にもある改札口があった
そこに不自然にも、直接繋がる廊下・・・
どう見ても、手書きで壁にかかれたような文字が見える

「八十八川しせつ会議」
・・・ここ?・・・
ー次回につづくー
投稿者 mochizuki : 15:58